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高松高等裁判所 昭和60年(ラ)8号 決定

抗告人 パイン・トリオ・コーポレーション

右代理人 汽船スカン・トリオアロー号船長 戴遠榮

右代理人弁護士 志水厳

同 小曽根敏夫

相手方 マルベニ・インターナショナル・ペトロリアム・カンパニー・リミテット

右代表者ディレクター 広江勲

右代理人弁護士 木村宏

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

第一

一、本件抗告の趣旨及び理由

別紙(一)のとおり。

二、相手方の答弁及び主張

別紙(二)のとおり。

第二、当裁判所の判断

一、相手方は昭和五九年五月二五日、東京において抗告人所有の本船の傭船者である東京海事株式会社(以下東京海事という)との間で、相手方において同日代金は東京都千代田区九段南一-三-一太陽神戸銀行東京メインオフィスの相手方の銀行口座に送金して支払う約定で本船に燃料油(舶用C重油七〇五・三八MT、舶用A重油七九・九三MT)を代金一五万二一三五・八七米ドル(このうちには給油のためのパージ代四〇七七・一三米ドルが含まれている。)で供給する旨の売買契約を締結し、相手方が右燃料油を本船に供給したことにより右燃料油代金債権を被担保債権とする船舶先取特権(以下本件船舶先取特権という)を有するとして、昭和五九年六月二八日松山地方裁判所に対し抗告人を債務者兼所有者とする本船の船舶競売の申立をなし、同裁判所は右競売事件(同裁判所昭和五九年(ケ)第一四三号)につき同年六月二九日競売開始決定をなし、右事件が現に同裁判所に係属中であること(なお同裁判所は同年七月六日抗告人が本件被担保債権及び執行費用の総額に相当する保証をたてたので、本船に対する競売手続中配当等の手続を除きこれを取り消す旨の決定をした。)は前記競売事件の記録上明らかである。

二、1. 抗告人は被担保債権の準拠法である日本国法上定期傭船契約は船舶の賃貸借と解することはできないから本件燃料油代金債権につき日本国商法七〇四条二項の適用または準用はなく、本件船舶先取特権は成立しない旨主張するので検討する。

船舶先取特権の成立については旗国法のみによるべきであるとの見解も有力であるが、船舶先取特権は一定の債権を担保するために法律により特に定められた権利であることからすると被担保債権及び物権の双方の準拠法の累積的適用があると解するのが相当である。

そして本件記録によると本船の船籍国はパナマ国であるから法例一〇条により物権の準拠法はパナマ国法である、また本件定期傭船契約と本件燃料油の売買契約において準拠法に関する当事者の意思を確定するに足る資料はないものの、記録によるとこれらの契約は前者にあっては抗告人と東京海事が、後者にあっては相手方と東京海事がいずれも東京において締結したことが認められるので法例七条二項により被担保債権の準拠法は日本国法といえるのでパナマ国法によるも日本国法によるも本件船舶先取特権が認められる場合であることを要するところ、記録によると本船の船主である抗告人と傭船者東京海事間で締結された本件定期傭船契約には、船主は航海中船体、機関及び装備を完全な稼働状態に置き本船の船艙、甲板その他通常の積荷場所の全容積はすべて傭船者の使用に委ね(一条、七条)、乗組員を手配してその一切の食料品、給料等を支払う(一条)、船長は本船の使用業務に関しては傭船者の命令指示に従わなければならない(八条)、傭船者に船長、機関士等の行為を不満足とする相当な理由がある場合船主がその苦情の詳細を受取り次第その事実を調べ要すれば配乗を変更することができる(九条)、傭船者は傭船料を支払う(四条)ほか燃料費、水先料等一切の通常費用を支払う(二条)、傭船者はその費用を負担して本船の帰還まで、自らの船旗を掲げ自らのマークを付する権利がある(三三条)等の条項が約定せられ、船主である抗告人が船長その他の船員を任免して本船を操縦航海せしめるものではあるが同時に傭船者である東京海事に対し本船を使用し完全に航海をなさしめる契約上の義務を負担し、傭船者である東京海事は本船の引渡しを受けてこれを使用し、自ら海上における企業主体として運送業務を行うものであることが認められるので本件定期傭船契約はわが国法上の船舶賃貸借と労務供給契約の混合契約であると解するのが相当である(大審院昭和三年六月二八日判決大審院民事判例集第七巻五一九頁参照)。

米国における判例学説が、本件定期傭船契約書と形式を同じくする定期傭船契約を船舶の賃貸借と解していないとしても米国法を適用しない本件とは関係のないことであり、たとえ紛争解決方法としてニューヨークにおける仲裁を指定していても船舶先取特権発生の準拠法を米国法とせねばならぬと解することはできない。

また本件定期傭船契約二六条には「本契約書記載のいかなる事項も定期傭船者に対する船舶賃貸借とは解釈しないものとする。」旨の記載がありこれが定期傭船契約の当事者を拘束することはいうまでもないが、これが第三者に対する関係で定期傭船契約の法的性質決定を拘束するものとは解しがたいので前記判断に影響を与えるものではない。

したがって本件燃料油代金債権についてはわが商法七〇四条二項、八四二条六号が適用され、相手方は本船の上に船舶先取特権を有し旗国法であるパナマ国商法一一〇二条、一五〇七条八号によっても本件船舶先取特権が成立することは明らかである。

2. 次に抗告人はパナマ国商法一一〇二条によれば船舶先取特権は船舶抵当権に劣後することとされているから本件船舶先取特権は日本国法上の船舶先取特権に該当しない旨主張する。

しかし船舶先取特権の効力、内容については専ら物権の準拠法によって解すべきところパナマ国商法一五〇七条八号によれば船舶の必要品の債権者は抵当権者に優先しないが、一般債権者に優先して裁判上の売却により担保価値を実現し得る先取特権を有する旨規定されているのであるから相手方の先取特権を認めて差支えがないのみならず本件では優先する抵当権者の申出があるわけでないし、たとえそれがあったとしても先取特権者とその抵当権者間のことであって抗告人に関係したことでないので抗告人の主張は採用しがたい。

3. 更に抗告人は本船が米国ワシントン州エベレット港を出港したことにより船舶先取特権は消滅した旨主張するが、本件では船舶先取特権の消滅事由を定めたパナマ商法一五〇八条に定めた事由の存在がみられないのみならず、この場合にわが商法が適用されるとしても記録によると本船は船籍港を出港しアメリカ合衆国ワシントン州エベレット港において木材を積荷し揚荷港である松山港に向けて航行するため本件燃料油の供給を受けたものであることが認められる。したがって本件船舶先取特権は航海継続の必要により生じた債権を被担保債権とするわが商法八四二条六号所定の先取特権であり(最高裁判所昭和五九年三月二七日判決判例時報一一一六号一三三頁参照)同条八号所定の先取特権ではないから本船が同港を発航してもわが商法八四七条二項の適用はなく、本件船舶先取特権が消滅するものではないので抗告人の主張は理由がない。

三、その他記録を精査しても相手方が本件船舶先取特権を有しないことを肯認すべき事情は認められず、結局本件については被保全権利の疎明がないことに帰し、且つ保証を立てさせて保全命令を発することは適当でないから、抗告人主張の仮処分の必要性につき判断するまでもなく本件仮処分申請は却下を免れない。

よって本件抗告を棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとして主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 菊地博 裁判官 福家寛 渡邊貢)

別紙(一)

抗告の趣旨

原決定を取消す。

別紙物件目録記載の船舶に対する競売の手続を停止する。との仮処分決定を求める。

抗告の理由

一1 松山地方裁判所は、昭和五九年六月二九日、相手方の申立てにより、抗告人所有の別紙(三)物件目録記載の船舶(以下本船という)に対し船舶先取特権に基づく船舶競売開始決定をした(同裁判所昭和五九年(ケ)一四三号)。

2 抗告人は、翌三〇日右競売開始決定に対して執行異議の申立てをした。

3 同裁判所は、同日、抗告人の申立てにより、右異議の申立に伴う船舶競売手続停止決定をした(同裁判所昭和五九年(ヲ)一一八号)。

4 抗告人は、同年七月六日、別紙(三)物件目録記載の支払保証委託契約書を同裁判所に提出したので、同裁判所は、同日、「本船舶に対する競売の手続中配当等の手続を除きこれを取消す」との決定をした(同裁判所昭和五九年(ヲ)一二九号)。

5 抗告人は、同年同月、同裁判所に対して船舶先取特権不存在確認請求を本案とする本件船舶競売手続停止の仮処分申請をした(本件原審同裁判所昭和五九年(ヨ)一七一号)。

6 同裁判所は、昭和六〇年二月一二日、第2項記載の抗告人による執行異議の申立てを棄却する決定をし、その決定書は、同年同月二四日抗告人に送達された。しかし、右決定には理由が付されてない。

7 同裁判所は、同年同月一三日、本件仮処分申請を却下する決定をし、その決意(ママ)書は、同年同月二四日抗告人に送達された。しかし、本決定にも理由が付されていない。

二 相手方は、船舶競売申立ての根拠として、本船の定期傭船者たる申請外東京海事株式会社(のちに破産した)との口頭の契約により米国ワシントン州エベレット港において本船に対し燃料油を供給し、その代金債権(代金額について抗告人は不知)は、債権の準拠法たる日本国商法八四二条六号の「航海継続の必要に因りて生じたる債権」であり、また定期傭船者は、同法七〇四条の「船舶の賃借人」であり、かつ旗国法たるパナマ国商法典一五〇七条八号の「船舶の必要品及び供給品費用」に該当するから本船に対し船舶先取特権を有すると主張する。

1 しかしながら、船舶先取特権の成立は債権の準拠法及び旗国法の双方によつて認められなければならないところ、債権の準拠法である日本国法上本件定期傭船契約は、船舶賃貸借契約ではない。すなわち、本件定期傭船契約は、米国政府書式たるニューヨーク・プロデュース・フォーム(英文)を使用しており、しかも同契約は、紛争解決方法としてニューヨークにおける仲裁を指定しているから米国法に従つて解釈されることになる。

右フォームは、「本契約書記載のいかなる事項も、傭船者に対する賃貸借と解釈されてはならない」、「船主は、常に、本船の運航、水先人や曳航船の行為、保険、乗組員その他一切の事項につき、自己の計算で航海する場合と同一の責任を負う」と明記している。

米国の判例・学説には、ニューヨーク・プロデュース・フォームによる定期傭船を船舶の賃貸借と解しているものは一つもない。

本件定期傭船契約につき商法七〇四条二項が適用もしくは準用されない。

2 パナマ国商法一五〇七条は、マリタイム・リーエンとされるものを広く掲げ、これを船舶抵当権に優先する優先的マリタイム・リーエンとこれに劣後する劣後的マリタイム・リーエンに二分している。「船舶の必要品及び供給品費用」(八号)は、「船舶抵当権」(七号)に劣後する劣後的マリタイム・リーエンとされているから日本国法でいう船舶先取特権に相当しない。

3 本船は、積荷(木材)全量を米国ワシントン州エベレット港で船積し、松山及び高松港で陸揚げする予定で昭和五九年五月三一日右エベレット港を出港した。

本件燃料油は、相手方の主張によると、右出港に先立ち相手方と傭船者東京海事との間で東京においてなされた口頭による契約に基づき本船に積載されたものであるが、かりに右代金につき船舶先取特権が発生するとしても、右先取特権は、最後の航海たる右航海に発航したときに消滅したものである(商法八四七条)。(同旨大判大一二・五・一四評論一二商一七一頁、長崎控判大一一・九・二一新聞二〇六九号二〇頁)

三 担保権の実行としての競売について民事執行法は、一八九条で準用する一八二条において、競売開始決定に対する執行異議の申立てにおいて担保権の不存在を理由とすることができるとしながら、執行異議申立の棄却決定に対する不服申立を許容していない。

立法者は、担保権不存在確認の訴えとそれを本案とする担保権実行禁止の仮処分命令をもつてそれに代える趣旨である(例えば田中康久「新民事執行法の解説」四一五頁)。

相手方は、香港にあるペイパー・カンパニーであるところ、かりに本件仮処分申請が認められないと、抗告人としては、香港において本案訴訟を提起しなければならないばかりでなく、相手方が本件競売手続により取得した金員の取戻しを図ることは事実上不可能となる。

よつて、本申請に及ぶものである。

別紙(二)

一 相手方が破産者東京海事に対し金一五万二一三五・八七米ドルの燃料油売掛代金債権(本債権)を有すること、また本債権を被担保債権として本船(パナマ籍船スカン・トリオアロー、マリン・レオと変名)に船舶先取特権を有することは極めて明白であり、抗告人の本件競売決定に対する執行異議の申立及び船舶競売手続停止の仮処分申請自体全く根拠のない不当な抗争といわなければならない。

右抗告人の申立について松山地方裁判所は執行異議申立の棄却及び仮処分申請却下の決定を下したことはまことに相当である。

右各決定に理由を付けなかつたことは、申立そのものが明らかに理由のないことからいつて至極当然のことである。

本件は船舶先取特権の行使として最も頻繁に行われている典型的な競売申立事件であり、旗国法及び債権の準拠法いずれに依拠しても船舶先取特権が発生することは疑いのない事案である。

現実に実務はかかる方向で解決処理され本件の如く船舶所有者より異議の出されることは異例のことである。

事実相手方の東京海事に係わる同種事件は八船にのぼり、本船を除き他の七船については船主側も先取特権の負担を受けていることを認め示談解決されている。

抗告人の本件競売手続停止仮処分申請が理由のないことは後述のとおりであるが、抗告人の本件抗告は徒らに競売手続を遅らせるだけの、従つて相手方の有する本件債権に関する船舶先取特権の行使に対する不当抗争といわねばならない。

二1 本債権の存在

競売申立に際して提出した相手方の東京海事に対する請求書、本船機関長の署名のある燃料油供給受取を証する書面、売買確認書及び上申書等で証明十分である。なお東京海事破産事件(東京地裁昭和五九年(フ)六二五号)債権調査期日に於いて、破産管財人は本債権全額を認めている。

2 船舶先取特権の発生

船舶先取特権の準拠法については、相手方は最も制限的立場である旗国法と被担保債権の準拠法の累積的適用説の立場で競売申立に及んだが、右立場に於いて準拠法となるパナマ法及び日本法の両法で本債権について船舶先取特権が認められている。また近時地方裁判所実務では旗国法一本に依るべきであるとの考えが増えていること注目に値いする。

次いで定期傭船者が負担した債務について本船に先取特権が発生するか否かの点については、右旗国法説の立場及び累積的適用説の中で有力説である先取特権の物権的効力・内容の問題は旗国法一本で考えるべきであるとの説に依れば、この点パナマ法で考えるべきことになる。勿論パナマ法に依れば本問題に対する答は肯定的となる。累積的適用説に立ち且つ先取特権の効力・内容についても債権準拠法及び旗国法を累積適用すべしとの立場に立つて、従つてこの点パナマ法のみならず債権準拠法たる日本法にも準拠すべしとの立場に立つて始めて抗告人の主張する定期傭船契約の性質が問題となつてくるのである。かかる定期傭船契約の性質については、判例は船舶賃貸借と労務供給との混合契約であるとして商法七〇四条の適用を又通説は若干のニュアンスの差を含みながら商法七〇四条の適用ないしは類推適用を是認しており、したがつて本問題に対する答えはやはり肯定的となる。この点抗告人は全くの少数説である運送契約説に立つて議論を展開しているのであるが、その主張は根拠薄弱であり、又本船運航の実態からみて非現実的である。

抗告人は抗告状に於いてもそうであるが、定期傭船契約の性質について米法(あるいは英法)の議論を援用しているが、右両法は本件定期傭船契約の性質決定にあたつて何らの意義も持つていない。抗告人はパナマ商法典のマリタイム・リエンにつき船舶抵当権に劣後するものは、船舶先取特権とはいえないとしている。この点相手方の「優先関係に於いて抵当権に劣後するものが何故先取特権たり得ないのであろうか」との問いに対して抗告人は何も答えていないのである。又相手方の「先取特権たり得るためには、それが一般債権に優先するものであり又競売手続を通じて担保価値を実現し得るものであれば十分である」との主張に対しても抗告人は何らの反駁も加えていない。パナマ商法典一五〇七条八号債権即ち「船舶の必要品及び供給品費用」はそれが抵当権に劣後するものであつてもかかる性格を有するものであることは疑いがない。

3 最後に抗告人は本件担保権は日本商法八四二条八号債権であり、エベレット港を出港することによつて消滅した旨主張しているが、相手方は本件先取特権は同法六号債権、即ち「航海継続ノ必要に因リテ生シタル債権」と主張しており、その論拠を判例(横浜地判昭四九・五・一〇、最判昭五八・三・二四、同五九・三・二七)を挙げて述べているのであるから、抗告人はこれに対して反駁を加えねばならぬところ、この点についても何らの批判も加えていない。

以上要するに抗告人の実体的権利関係についての主張は、相手方の有する本債権及び本船に対する船舶先取特権を疑わしめるに足るものとはいえない。

三 相手方は丸紅株式会社の香港法人であり、原油あるいは舶用燃料油の売買等その取扱い高は年商六〇億米ドル以上にのぼり、決して名目的な法人ではない。仮りに抗告人が相手方に対して請求権を有していたとしても、その回収にあたつて不安を生じさせるような事由は一切存しない。

以上の点を勘案のうえ可及的速やかに抗告の申立を却下していただくべく、本陳述に及んだ次第である。

別紙(三)

物件目録

船舶の種類及び名称

汽船 スカン・トリオアロー号(M.V.SCAN TRIOARROW)

(昭和五九年六月二六日 マリン・レオ MARINE LEOに船名変更)

船籍港 パナマ共和国パナマ

船  質 鋼

総トン数 一〇、〇二六・七三

純トン数  六、八〇三・一八

所有者 パイン・トリオ・コーポレーション

船  長 戴  遠  榮

右船舶に代わる左記の昭和五九年七月二日付支払保証委託契約

保証委託者 パナマ共和国パナマ市パイン・トリオ・コーポレーション

右法定代理人 汽船スカン・トリオアロー号

船長 戴 遠 榮

保証人 松山市勝山町二丁目一番地

株式会社 愛媛相互銀行

右取締役社長 宮武 隆

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